虎(牛)龍未酉2.1

記録帳|+n年後のジブンが思い出せますように……

キーボード選びの新たな地平線:HHKBからNuPhy Air60への大冒険

1. 冒険の始まり:キーボードとの出会い

1.1 初代HHKBとの最初の出会い

キーボードへの情熱が芽生えたのは、1999年、Happy Hacking Keyboard (HHKB)との出会いからでした。当時はまだ大学院生で、手持ちのお金は少なかったですが、HHKBの「馬の鞍」のストーリーに心を奪われ、自分へのご褒美としてLiteを購入しました(その後、初代Mac対応モデルに交換しました)。

HHKBの生みの親である和田英一氏は、言われています。「アメリカ西部のカウボーイたちは、馬が死ぬと馬はそこに残していくが、どんなに砂漠を歩こうとも、鞍は自分で担いで往く。馬は消耗品であり、鞍は自分の体に馴染んだインタフェースだからだ。今やパソコンは消耗品であり、キーボードは大切な、生涯使えるインタフェースであることを忘れてはいけない」。この言葉に、わたしも強く共感したのでした。


www.youtube.com

【馬の鞍のストーリーは、YouTubeでも見られます。】

1.2 HHKBと私:長い間の心の友

HHKBはわたしにとって最高のキーボードで、キーボードに対する基本的な価値観を形成する手助けになりました。ミニマルであること。そのためには合理性を追究すべきこと。コントロールキーはAの左横にあるべきこと。打鍵感に妥協しないこと。など、自分の身体に馴染んだインタフェースを求めること、そこに妥協しない姿勢についてです。

【この画像は、株式会社PFUが提供している、初代Mac対応モデルのHHKBのレイアウト図です。いま見てもシンプルで美しいですね。】

1.3 再出発:2022年の転機

それは2022年。それはわたしが再びHHKBへと回帰するきっかけとなった年でした。それは主に、AppleMacBookに搭載されているキーボードが続けて失敗した結果でした。わたしはジョナサン・アイヴの熱烈なファンであり、彼がデザインしたプロダクトは、たとえ一時的な失敗であったとしても、将来の成功への投資と考えて忠実に支持し続けてきました。しかし、彼がAppleを去った後、MacBook Proのキーボードは過去のスタイルに戻されました。それでも、期待していたほどの改善は見られませんでした。

Appleの製品は基本的に高品質であるとはいえ、キーボードの設計はやはり複雑で難しいと改めて感じました。その結果、私は再びHHKBに回帰することを決意しました。諸般の事情で、多少の経費を使う余裕が生じた背景もあります。でもそれ以上に、自分自身の体験から得た、キーボードに対する独自の価値観と感触を再び求める欲求が、私を再びHHKBに引き戻したのです。

【この写真はHHKB Professional HYBRID Type-Sです。美しい黒。キーの刻印が見えるか見えないかギリギリの色加減。ミニマルな佇まい。すばらしい製品です。】

2. HHKBの魅力とその課題

2.1 20年間という時間:HHKBの愛され続ける理由

20年ぶりに再びHHKBに触れて、その素晴らしさを再認識しました。ミニマルであり、形も音も美しい。キーボード、あるいは入力デバイスを選ぶ際に最も重要なのは、「わたしの意志が直接画面に映し出されるか」だと思います。ことキーボードでは、意図していないタイプミスが起こらないことが肝心です。

MacBook Proのキーボードについては、多くの人々が批判的ですが、わたし自身はそれほど酷くは感じていません(タッチバーを除いて)。人間がキーボードに最適化する必要があることは確かです。しかし最適化が進めば、多くのタイプミスが生じるわけではありません。ただ、わたしの場合、爪が長いとキートップに引っかかることがあるため、こまめに爪を切る必要がありました。

しかし、一度HHKBを使ってしまうと、もうMacBook Proのキーボードには戻れません。「押した、押してない」の判断が難しく、タイプミスが止まらないのです。一方、HHKBは「間違ったキーを押す」ことはあっても、「押したか押してないかがわからない」ことによるミスはほとんどありません。これは大きな違いです。

2.2 一時的な中断:HHKBからの距離を置く理由

そんなHHKBとの素晴らしい日々を経ても、新たな地平線を求めて歩み続けることが求められるものです。今でもHHKBは最高のキーボードだと思います。特に、20年の時間を経て進化したProfessional HYBRID Type-Sは素晴らしいと思います。仕事場が複数箇所にあるため、各場所にHHKBを設置しています。新しく登場した雪のカラーバリエーションも素晴らしいです。

【こちらの写真は、雪モデル。いい感じの白と、あえて中央に印字されている刻印が最高です。】

しかし、キーボードの世界は、今、進化の途中にあることをわたしは認識してしまいました。そして、その中でHHKBが進化の行き詰まりに陥っていることにも気づきました。

2.3 HHKBへの深い愛情:その魅力と限界点

わたしが今でもHHKBを最高だと思う理由は以下の通りです。

  • 唯一無二の打鍵感。静かだがしっかりとした反応。初めはキーの深さに違和感があるかもしれませんが、慣れると他のキーボードでは物足りなくなります。
  • ミニマルで超合理的なデザインとレイアウト。
  • 軽くて小さい。出張が多いので、これは非常に重要です。
  • ノートパソコン(MacBook Pro)の上でも使える尊師スタイルが可能。

特に打鍵感は最高です。カスタマイズツールの存在を挙げる人もいますが、わたしはKarabiker-Elementsのヘヴィユーザーなので、それはあまり重要な要素ではありません。

ちなみに、尊師スタイルというのは、有名なハッカーであるリチャード・ストールマンが、ノートPCのキーボードの上にHHKBを置いて使っていることから、名付けられたものです。

【これが、ストールマン御本人が尊師スタイルを実践されている写真です。ラップトップPCのキーボードの上に、HHKBが載っているのがわかります。】

しかし、他のキーボードが進化していく中で、HHKBのいくつかの問題点が明らかになってきました。それは

  • Bluetoothがオン/オフの状態をすぐに判断できない。
    • ダダダっと打ったあとで、Bluetoothがオフだったと気づくことがあります。逆に、オフだと思いこんで電源ボタンを押すと、実際にはオンで、オフになってしまい、再度電源ボタンを押し直さなければならないことがあります。
  • パームレストが必要。
  • 尊師スタイルのときにブリッジが必要。
    • 出張時はスタンドを持っていかないので、尊師スタイルを使います。オーダーメイドで自分専用のブリッジも作りました。とても良い感じです。しかし、ノートパソコンを開いて、ブリッジを出して、HHKBを置いて、パームレストを置く……だんだん面倒くさくなってきました。
  • 矢印キーがない。
    • USレイアウトには矢印キーがありません。矢印キーがないことは、HHKBの特長でもあるのですが。
    • HHKBのJISレイアウトには矢印があります。矢印キーのために、自分自身がJISを選択することは考えられません。
    • ほとんどのユースケースで、矢印キーは必要ありません。基本的にはemacsキーバインドでカーソル移動を行うためです。それでも、エクセルで経費精算の書類を入力しているときなど、矢印キーがあったほうが便利なときがまれにあります。

これらの問題点は、他のキーボードが進化し続ける中で、特に目立つようになりました。

3. 新しい冒険:NuPhyとKeychronへの道

3.1 活性化するキーボード界隈:新勢力の台頭

そんななか、キーボード界隈が、とりわけこの数年、とても盛り上がっていることを知りました。とくに、他用なメカニカルキースイッチが出現していること。物理的な形状も含めたカスタマイズキーボードが出ていること。オンラインストアで手軽に変えるようになっており、熱心なファンが層を形成しているとのこと。HHKBでいいやとおもって近づいていなかったのですが、現在進行系で進化中というのは、無視するわけにはいかないなと。

3.2 NuPhyのAir60とKeychron:探求と評価

そんななかで、少しずつ調べてみると、この分野ではKeychronが定番で評判がいいと知りました。また、比較的新しいメーカーで、NuPhyの評判もいいことを知りました。Keychronは、非常に多彩なキーボードを出して、様々なニーズに応えており、昨今のブームの牽引役と理解しています。NuPhyは、ラインナップは絞っており、カスタマイズ性は多少犠牲になっているものの、非常に高い完成度の製品を出していると理解しました。

3.3 新世代キーボードへの期待と疑問

キーの打鍵感は、キーボードの使用感を大きく左右します。その打鍵感の多様性は、ここ数年で一層豊かになりました。その大きな要因として、元々キーボード業界を牽引してきたCherry MXのキースイッチの特許が切れたことが挙げられます。これにより、他のメーカーも自由にこの設計を用いて新たなキースイッチを開発することが可能となりました。

結果として、さまざまな企業から多種多様なキースイッチがリリースされるようになりました。Gateron, Kailh, ZealPCなどのメーカーからは、様々な種類のキースイッチが提供され、その中にはリニア型、タクタイル型、クリック型といった基本的なタイプから、さらに静音型や重量調整型など特殊な仕様のものまで含まれています。これらは、打鍵感や音色、押下力といった特性で大きく異なり、ユーザーは自分の好みに合わせて選択することが可能となりました。

さらに、キースイッチ自体の改良も進んでいます。例えば、よりスムーズな打鍵感を追求したリニアキースイッチや、特殊な材料を使用して音色を調節したキースイッチなどが開発されています。これらの進歩は日進月歩で進んでおり、キーボード使用時の体験を更に豊かにしています。

【この写真は、数々のキースイッチを並べたものです。色の違いによってさまざまな個性があります。】

以上のような変化を経て、現在のキーボード市場はユーザーにとって非常に魅力的なものとなりました。好みの打鍵感を求めて、自分だけの最適なキーボードを選ぶことができる環境が整ってきています。

4. NuPhy Air60への大胆な一歩

4.1 NuPhy Air60への切り替え:その勇気ある決断

いろいろ検討して、まずはNuPhy Air60、茶軸、nSA Shine-throughキーキャプから始めてみることにしました。

主なポイントは

です。

【NuPhy Air60。いまのところ、わたしの希望に、もっとも近いキーボードのようです。】

4.2 Air60の初体験:新たなキーボードの可能性

まだ使い始めて時間が経っていないので、明確に評価することは避けますが、いい感じです。とくにパームレスト無しがヨイです。机の上で使うときも、尊師スタイルのときも、パームレスト無しでいいのがすごくイイです。

打鍵感はまだ慣れないとわかりませんが、打てば打つほどタイプミスが減っていく実感があります。茶軸のタクタイル感のうち、どのあたりで入力判定があるのか、どのあたりを押すと他のキーと同時押しにならないかなど、身体が徐々に覚えているような実感があります。いずれにせよ、まだ身体が学習途上ですので、なんとも言えません。

4.3 Air60の改善点:HHKBとの比較から見える進化

逆に欠点は

  • ファームウェアレベルのキーカスタマイズの出来がイマイチ
    • たとえば、DELキーは不要なので、別のキーにリマップしたいです。まず、ソフトがWindows専用です。そして、DELのリマップがなぜだか有効になりません
  • BackTickがFN+ESCであるのは面倒くさすぎる

HHKBは最高のキーボードですが、進化が止まっていると言わざるを得ないかもしれません。Bluetoothがこれほどストレスになっているとはおもいませんでした。パームレストも、じわじわストレスになっていたことに、気付かされました。

パームレスト問題は、ロープロファイルを選ぶか否かという問題もあるので、単純にHHKBと比較はできませんが。打鍵感を妥協せず、さらにコンパクトなキーボードを作れる可能性を探索する勇気を、HHKBが持っても良いんじゃないかという気がしました。

PFU LimitedはHHKBを制作している企業で、かつては富士通の子会社でした。しかし、2021年に富士通PFUをリコーに売却しました。この売却の理由は公には明らかにされていませんが、富士通が自社のビジネスポートフォリオの見直しを進めていたこと、リコーが情報関連製品を強化しようとしていたことが背景にあると考えられます。リコー傘下に入って、キャンペーンなどのマーケティング施策は活発になったように見えますが、製品の強化はさほど力を入れていないように、いちユーザからは見えており、少し残念な気持ちがしています。

5. ウォッチリスト:Keychronの可能性

5.1 Keychronへの注目:その魅力と期待

Keychronも引き続き注目しています。やはりこの界隈の地平線を切り拓いたその存在感は、無視できないものがあります。一度は試してみたいです。基本的にはロープロファイルの65%(ファンクションは不要だが矢印は欲しい)、K7 Proを狙っています。

【写真はKeychron K7 Pro(65%・ロープロファイル)。少し大人びていて、かっこいい。】

NuPhy Air60と比較して、改善が期待されることは

  • QMK & VIAでキーカスタマイズが柔軟にできる。レイヤー機能は使ってみたい。
  • デザインが大人っぽく、かつ、かわいい。

たまたまかもしれませんが、店頭に行くと、特に女性の方がKeychronコーナーに足を運ぶ姿が目立ちます。彼女たちの選び方から、品質とデザイン、そしてYouTubeなどのメディアでの評判などを重視しているように見えます。それなりの価格がついたキーボードを、彼女たちが真剣に選んでいる様子を見て、わたしも改めてKeychronのキーボードの魅力を実感しています。

欠点は、

  • 尊師スタイルとして使う場合、ブリッジが必要になる可能性があります。
  • K7 Proの場合、オフィシャルストアでは、キースイッチはGateronのロープロファイルの茶軸か赤軸の2種類しか選べない。キースイッチの種類に制限がある懸念があります。

5.2 ウォッチリストに留まる理由:Keychronの未来へのビジョン

尊師スタイルの懸念が大きいので、Keychronに手を出してはいません。ブリッジが必要になると、荷物が多くなります。ブリッジがあるとどうしてもキーボードに高さが出るので、パームレストが必要になりそうです。これもやはり荷物を増やす要因です。

家電量販店に行くとわりとKeychronは置いているのですが、残念ながらK7 Proは置いていないので、衝動買いからは逃れられています。

Keychronが持つ多くの利点と独自性は、様々な懸念を超越した魅力を発しています。この分野のリーダーとして、彼らが提供する独特のキーボード体験を、わたし自身、是非とも試してみたいと思ってしまいます。

6. 終章:キーボードと私の冒険は続く

6.1 現在と未来:私のキーボード選び

わたしのユースケースが非常に特殊なため、理想の製品を見つけるのは難しいと感じていました。しかし、NuPhy Air60など、自分の問題意識に近い考えを持つ人々が存在することに、勇気を感じています。

6.2 キーボード業界の進化と私:共に歩む未来

キーボード業界自体が、いままさに進化の爆発の最中だと思います。カンブリア紀に生物の多様性が爆発したように、キーボードも、今が未来へのスタートラインなように感じています。

カンブリア紀に戻ることはできないわけですが、キーボードの進化をリアルタイムで体験することはできます。こんな貴重な機会を見逃すわけにはいきません。しかし、無尽蔵に時間とお金を投資するわけにはいきませんけれどもね。

【写真は、NuPhy Air60を尊師スタイルで、MacBook Proの上に乗せたものです。安定感がとても良いです。】

6.3 最後に:キーボードへの想いとその価値

LLVMの作者であるRui Ueyamaさんがポッドキャストで「いいキーボードは高い気もするが、プロの道具として、投資すべき」という主旨のことをおっしゃっていました。

たしかに、アマチュアでもテニスのラケットは数万円するものを何本も所有しています。プロのように何十種類も試して、試合に20本持っていくわけではありませんが、それでも試合には必ず2〜3本は持って行きます。

キーボードを使う人であれば、1日に何時間も触っています。現代のデジタルなアウトプットは、ほとんどキーボードを通じて生み出されると言っても過言ではありません。リアルとデジタルの接点は、入力デバイスのみに依存しています。わたしは、入力デバイスの最適化は、デジタル体験を最適化するための非常に効果的な投資だと考えています。