はじめに(コメント)
ゼロループ
のことをツラツラと考えていて、ああそうか!と思ったので記録。
ワラビ目とかアワビ目とかと同じではないか
ゼロループ
は、何かの原理原則ではない。ゼロループという考え方とか概念が手に入ったとして(それが手に入るかどうかも、まだわからないのだけれども)、ゼロループで何もかも(あるいは多くのことが)説明/解釈できるという種類のものではない。
ゼロループというみかた
をしてみたら、たしかにゼロループのように見えるかもしれない
という感じのものであろう。あるいは、
- あ、あれも
ゼロループ
かな
とふと思ってしまう、という感じのものであろう。ワラビ目とか、アワビ目とか、ツワ目とか、そういった種類のものだろうと想像するのだ。(今の時点では、まだ想像でしかないのだが)
〜というみかた
「ゼロループのテツガク」かなとおもっていたけれども、どうやら「ゼロループというみかた」ぐらいのほうが加減がよい気がしてきた。
テツガクというと、「それが考え方として正しい」というニュアンスに聞こえなくもない。
「ゼルダ的」という言葉も気になっている。そういう要素(それがなにか、確定的に述べられないし、時間とともに具体的には変化はしていくが、やはりそこはかとなく存在する)は、ゼロループにもあるのだろうと想像する。じゃあ、ゼロループ的、でいいのかな。ちがうかなあ。