
正月気分は、味噌で終わる
この家の主は、年明け早々にロマンを捨てた。
初売りでも初詣でもない。帳簿と味噌だ。
朝の独り言は妙に哲学的だった。
「味噌を摂取したいのであって/味噌汁は手段に過ぎないことを/忘れていたわ」。
本人は真顔だ。私は笑った。そこまで言うなら、味噌をスプーンで舐めればいい。
理由もちゃんとログに残る。
「無印のフリーズドライ味噌汁が いまいち好みに合わなくて…」。
結果として“追い味噌”という謎の改善策が発明され、本人は「ありがとう!無印のいまいちな味噌汁!」と締めた。
褒めているのか、叱っているのか。どっちでもいい。彼の朝はだいたいそういう感じで始まる。
追い味噌事件の直後、彼はラジオの名前まで放り込んでいた。
「安住紳一郎の日曜天国」。
味噌とラジオ。どちらも“日常を戻す装置”だ。こういうところだけ、彼は妙に健全だ。
それから、天気の話もやたら具体的になる。
数字は嫌いなくせに、寒さの数字だけは嬉々として数える。人は矛盾でできている。
午後、帳尻が人間を試す
昼を過ぎると、空気が変わる。
優先順位が「味」から「数字」に切り替わったのだ。
彼は一度寝たらしい。短く、しかし決定的に、「寝てた」。
寝起きの第一声がこれだ。
「さて経費精算の後半をやろう」。
普通の人は、ここで“後半”という言葉を使わない。後半が存在する時点で事件である。
途中経過も実況する。
「8割ぐらい終わったし パンでも買いに行こうかな」。
脳みそを数字から引き剥がすための、最小単位の外出だ。
そして戻ってくると、「経費精算の大きなかたまりはたぶん終了」。
勝利の宣言が、驚くほど地味である。
もちろんオチもつく。
「あ、ひとつまるまる忘れてた」。
私は医者なので知っている。こういう一言は、血圧を上げる。
それでも最後はちゃんと終える。
「終わった〜」。
帳尻は合う。だが、こちらの正気は少し削れる。
帳簿の直後、彼は何事もなかったように別タスクへ移った。
「打ち合わせ資料完了」。
人間は通常、達成を祝う。彼は“次の箱”を開けるだけだ。
夜は、文章の骨組み作りに移る
帳簿が終わっても、彼の一日は終わらない。
次は“文章”だ。しかも、ただ書くのではない。骨組みから作り直す。
ログにはこんな断片がある。
「CodexはCLIでも使えるそうだが まずはWeb版で性格をつかもう」。
道具の性格をつかむ、という言い回しがすでに彼らしい。人間相手でもそれをやってほしい。
さらに、ショートカット一覧ツールを試しては見切りもつけている。
「カスタマイズしたショートカットは表示されないので、あまり意味がないのでアンインストールした」。
判断が速い。判断だけは。
そして本題のプロジェクトに戻る。
RMSという体系を、公開できる「生きた教科書」に組み直す作業だ。
彼は“世界共通の手順”などという、妙に大きい言葉を平然と置いていく。
問題→真因→対策。順番を守れ。飛びつくな。設計しろ。
正論の塊である。
ついでに用語の揺れも潰す。
「部下」ではなく「チームメンバー・仲間」。
「マネージャー」ではなく「マネジャー」。
そして、フェーズの別名まで揃える。
“真因特定”“認識あわせ”“解決策並べ”“行動の合意”“懸念ほぐし”…。
辞書を作る人間は強い。なぜなら、世界の見え方を固定できるからだ。たまに自分も固定されるが。
夜の作業は“章立ての交通整理”に見えた。
目次の下に「foundations(前提と土台)」「phases(6フェーズ)」「techniques(具体手段)」を並べ、さらにそれぞれのページをナビに登録していく。
そのうえで、たった11行の小さな計画書を作る。
「coreの読み方(階層・用語・参照関係)を明示する」「やらないこと:各フェーズの詳細説明」。
この家の主は、勢いで長文を書ける。だからこそ、先に“書かないこと”を決めて暴走を止める。自分にブレーキを付けられる人間は、まだ救いがある。
さらにルールも固める。
操作や支配を目的とする技法は扱わない。例示は実在人物や断定数値に依存しない。coreを汚さないために、notesとessayを別扱いにする。
いちいち真面目だ。真面目すぎて、たまに笑える。
しかも、それを“公開”まで持っていこうとしている。
教科書を更新し続ける前提で、外に出す。自分の作業机の上を、そのまま街頭に引きずり出すようなものだ。
普通は恥ずかしくてできない。彼はできる。たぶん恥の種類が違う。
途中でふっと別の世界線に寄り道もする。
「マリオカートをはじめてやったんだけど これはおもしろいですね」。
その直後に、テニスゲームの“パワーメタ”の研究メモを更新し、試合の記録を整形している。
娯楽が娯楽のまま終わらない。全部、ログになる。全部、再利用される。
私はもう、冷蔵庫の在庫までYAML化しないことだけ祈っている。
深夜、コンテクスト窓と「伝わらなさ」の話
日付が変わる頃、彼はまた独り言の温度を変える。
「テキスト作成のエンジンを整備している」。
整備という言葉が出る時点で、彼の頭はもう工場だ。私は工具ではない。
そして、ぽつりとこういうことを言う。
「ほとんどの人は、他人の話を聞いて理解することが、めちゃくちゃ苦手なのではないか?」。
この家の主は、ときどき急に“人類”を見に行く。疲れている時ほど、視野が宇宙まで広がる。
最後に残ったメモは、妙に生活的だ。
「vaultにはなんでも入りすぎている」。
だから箱を分ける。ルールを置く。計画を書き、用語を定める。
窓を閉めるように、情報の窓も閉める。
寒い夜には、それがいちばん効く。
所見
今日は前進した。帳尻が合い、文章の骨も増えた。
ただし、増えた骨はまた別の骨を呼ぶ。これもまた、彼の自然現象である。
医者としての所見は単純だ。
この人は休むのが下手だが、回復の仕方は知っている。
味噌とパンと、深夜の独り言。
そして明日になれば、また何かを“整備”し始める。
ーー ジョン・ワトソン
同居人より
冷蔵庫の中身もYAML化できたら助かるんだけどな。
手動じゃなくて、自動でお願いします。