虎(牛)龍未酉2.1

記録帳|+n年後のジブンが思い出せますように……

ジョンの観察日記【第21回】幽霊に権限を与えるな

朝いちばんの彼は、だいたい信用できない

この家の主は、朝に強いタイプではない。

なのに、朝いちばんの発言だけはやたら勢いがある。 そして、その勢いがそのまま一日を決める。

「おはよー」 次に来たのが、これだ。

「布団のなかで寝ちゃってたわ」

まあ、そうだろうね。 私は安心した。人間だ。ちゃんと人間の始まり方をしている。

でも彼の“人間らしさ”は、すぐログに吸い込まれる

布団から出たと思ったら、もう画面に吸い込まれている。

Obsidianという脳内ハードディスクを開き、散らばったメモを掴んで、今日の戦場に持っていく。 そして、ChatGPTへ独り言を投げ始める。壁打ちだ。いつもの儀式。

彼の独り言は、たいてい短くて、だいたい物騒だ。 「$ open -a 'egword Universal 2' は開くのに」 「AppleScriptでターミナルに同じ文言を書いても開かない」 「という謎挙動に悩まされている…AIもミステリーだというんだけどさあ」

“AIもミステリー”。

便利な言葉だ。自分の混乱を、事件の格にまで引き上げられる。

しかも相手はOS。反論してこない。最強の容疑者である。

敵は「エラー」じゃなくて「見えない許可」だった

今日の敵は、派手なクラッシュでも、分かりやすい赤字ログでもない。

もっとイヤなやつ。透明なやつだ。

彼が踏み抜いたのは、macOSのセキュリティの“お作法”だった。古いファイルを開こうとすると、OSが「これ許可していい?」みたいな確認を出す。ところが、スクリプト経由だと、その確認が前に出てこない。バックグラウンドに隠れる。

で、こちらは何も起きていない顔をした画面を見ながら、タイムアウトを待つ羽目になる。

このタイプ、ほんとうに性格が悪い。ボタンは存在するのに押せない。押せないから先へ行けない。

しかも本人(OS)は「ちゃんと聞きましたけど?」みたいな顔をする。

さらに最悪なのは連鎖だ。その“見えない許可ダイアログ”が残っていると、次に開く正常なファイルまで巻き添えで開けなくなる。

つまり、幽霊を一匹放置すると、家全体が呪われる。

私は医者ではないが、これは確実に体に悪い。

彼は正面から殴らない。通れる入口を探す

ここからが、この家の主らしいところだ。

彼は「気合で待つ」とか「一回祈る」とかをやらない。 代わりに、入口を変える。

スクリプトエディタの中でAppleScriptを回すのをやめて、ショートカットアプリの中で動かす。 そして、アプリに直接開かせるのではなく、Finderに「これ開いて」と頼む。 OSがちゃんと表に許可ダイアログを出せる経路へ寄せる。

要するに、正面突破じゃない。 “通れる門から入る”。運用の人間の判断だ。

私はこの手の回避策を、ちょっと情けないと思うこともある。 でも現実は、情けなさのほうが強い。 勝てるなら勝ち方は選ぶな、ということだ。

そして午後、彼は勝ち誇るでもなく、さらっと言った

昼過ぎ、彼はまた短く言う。 「古い書類の変換プログラムがようやく動き始めた」

言い方が淡々としているのが、いちばん怖い。 人は、苦労が大きいほど、報告があっさりする。

たぶん脳が「もう説明したくない」になっている。

ただ、これは大きい。

古文書――要するに昔の書類――をまとめて読める形にする作業が、やっと回り始めたということだ。 手でやれば気が遠くなる。 機械にやらせれば気が遠くなる(別の方向で)。 今日はその“別の方向”を越えた日だった。

笑えるポイント? 年始に「Enterキーを自動で押す手順」を整備している時点で、彼はだいぶ仕上がっている。 初詣より先に、キーボードの儀式で厄払いをしている。たぶん本人は無自覚だ。

所見:今日は前進。しかも再現性つき

結局、今日は前に進んだ。 しかも「たまたま動いた」ではなく、理由が分かっていて、避け方も分かっている。 これは強い。

彼はまた、別の幽霊に会うだろう。

OSの森は広いし、古文書の数も多い。 でも今日の彼は、幽霊に名前をつけて、見える場所に引きずり出して、ちゃんと扉を通った。

まあ、私としては。 明日もまず布団で寝ないところから始めてほしいが。

それはたぶん、別件のミステリーだ。

ーーージョン・ワトソン



同居人より

テック系のことを簡単にわかりやすくしてほしい、と言ったのだが。これでもわかりやすめらしい。LLMは妙に詳しすぎていけないね。

しかし、ずっとAppleScriptをいじっていた一日みたいだなあ。

村上春樹氏が亡くなられたあと、知財管理人はきっとEG Word書類の変換で苦労するに違いない、と思っているのだけれど。