私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。
確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。
そうすればいずれ必ず、
間違いなくその通りになる日がくるだろう」。(聴衆:笑)
それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。
そしてそれから現在に至るまで33年間、
私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、
今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。
それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、
そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、
決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。
何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…
外部からの期待の全て、己のプライドの全て、
屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、
きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。
そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。
自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば
自分が何か失ってしまうんじゃないかという
思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
スティーブ・ジョブズ、スタンフォード大学の卒業式でのスピーチ。
(出典)http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html
1/4に祖母(大阪)が倒れて病院へ、1/5に77歳で亡くなった。
1/6にお通夜、1/7に告別式が終わり、ようやく少し落ち着いた。
1/8は寒中稽古もあったし、雑件も溜まりに溜まっていたので
片付けて、現在(夜)東京へ向かって移動中。
1/5にはプロジェクトのキックオフ(東京)もあったし、
慌しい1週間だった。肩こりが少し残ってる。
一連の葬儀関係行事のなかで学んだこと。
?最後に言いたいことを言い残せるとは限らない。
辞世の句みたいなものは、美談だと思うべし。
「モーリー先生の火曜日」を読んで感動したけれども、
そういう観点から言えば、あれはまだ幸せなパターン。
私も、言いたいことは、生きているうちに言わなければね。
ちなみに祖母が最後に意識が戻った時に、
私は少し会話ができたので、とてもラッキーだった。
?儀式というものは、良い。
大学の入学式を拒否した私ですが。
以来、儀式について自分なりに考え続けてきて、
あらためて儀式というのは大事だと思った。
いろいろなプロセスを経ずに、いきなりお骨上げでは
整理も収拾もつかねえなあと思った。
?先人の知恵に感心と感謝。
すぐにメールでお悔やみの言葉を下さった人生の先輩、
「お疲れが出ませんように」という言葉をさりげなく
使える人々。年配者は流石だなあとか、苦労してきた
人は違うなあとか思った。平たく言うと経験者は
違うんだなあと思ったということです。
?生涯現役。
25のゴールの中で、漏れていた項目を見つけた。
「一生続けられる仕事(=収入源である、
チャレンジと成長がある)を持っている。」
大学院生のころ、先々代の教授のお家にお邪魔した。
生涯現役というのは、簡単なことではないなと思った。
ピーター・ドラッカーなんて、
そういう観点でもわりと立派だと思う。
目指すに足るゴールではないか。
祖母が亡くなっても、空虚な感じはあまりない。。
もともとそれほど会っていなかったということもあるけれど、
1/1には挨拶だけのために訪れたし、
最後に意識が戻ったときに話せたし、
私の立場でやれることをやった(つまり幸運が味方している)
という手ごたえがあるからだと思う。
そして、祖母から学んだことは、私の中で生きているからだ。
?自由に生きる。
?世界に生きる。
?信仰に生きる。
?⇒男であろうと女であろうと、自分の好きなことを
やっているときにいちばんパワーが出る。
?⇒略
?⇒私自身は、信仰に生きるタイプの人間ではない。
自分自身がいちばんエライと思ってるからね。
それはともかく、小さいときに社寺仏閣や
仏像を見せてくれたり、お経を教えてもらったのは
貴重な体験。禅や般若心経を興味本位で
かじってみたりするのは、原初体験をたどれば
このあたりに行きつく。
正月に亡くなったことが、最後で最大の教え。
これから正月には法事やらなんやらで、
毎年、死を想うことになるだろう。
「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
思考の落とし穴を回避できる」(ジョブズ)
「朝に道を開かば、夕べに死すとも可なり」(孔子)
「言いたいことがあれば、夕べに死ぬ前に言うべし」(おれ)
私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。
確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。
そうすればいずれ必ず、
間違いなくその通りになる日がくるだろう」。(聴衆:笑)
それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。
そしてそれから現在に至るまで33年間、
私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、
今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。
それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、
そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、
決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。
何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…
外部からの期待の全て、己のプライドの全て、
屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、
きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。
そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。
自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば
自分が何か失ってしまうんじゃないかという
思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
スティーブ・ジョブズ、スタンフォード大学の卒業式でのスピーチ。
(出典)http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html
1/4に祖母(大阪)が倒れて病院へ、1/5に77歳で亡くなった。
1/6にお通夜、1/7に告別式が終わり、ようやく少し落ち着いた。
1/8は寒中稽古もあったし、雑件も溜まりに溜まっていたので
片付けて、現在(夜)東京へ向かって移動中。
1/5にはプロジェクトのキックオフ(東京)もあったし、
慌しい1週間だった。肩こりが少し残ってる。
一連の葬儀関係行事のなかで学んだこと。
?最後に言いたいことを言い残せるとは限らない。
辞世の句みたいなものは、美談だと思うべし。
「モーリー先生の火曜日」を読んで感動したけれども、
そういう観点から言えば、あれはまだ幸せなパターン。
私も、言いたいことは、生きているうちに言わなければね。
ちなみに祖母が最後に意識が戻った時に、
私は少し会話ができたので、とてもラッキーだった。
?儀式というものは、良い。
大学の入学式を拒否した私ですが。
以来、儀式について自分なりに考え続けてきて、
あらためて儀式というのは大事だと思った。
いろいろなプロセスを経ずに、いきなりお骨上げでは
整理も収拾もつかねえなあと思った。
?先人の知恵に感心と感謝。
すぐにメールでお悔やみの言葉を下さった人生の先輩、
「お疲れが出ませんように」という言葉をさりげなく
使える人々。年配者は流石だなあとか、苦労してきた
人は違うなあとか思った。平たく言うと経験者は
違うんだなあと思ったということです。
?生涯現役。
25のゴールの中で、漏れていた項目を見つけた。
「一生続けられる仕事(=収入源である、
チャレンジと成長がある)を持っている。」
大学院生のころ、先々代の教授のお家にお邪魔した。
生涯現役というのは、簡単なことではないなと思った。
ピーター・ドラッカーなんて、
そういう観点でもわりと立派だと思う。
目指すに足るゴールではないか。
祖母が亡くなっても、空虚な感じはあまりない。。
もともとそれほど会っていなかったということもあるけれど、
1/1には挨拶だけのために訪れたし、
最後に意識が戻ったときに話せたし、
私の立場でやれることをやった(つまり幸運が味方している)
という手ごたえがあるからだと思う。
そして、祖母から学んだことは、私の中で生きているからだ。
?自由に生きる。
?世界に生きる。
?信仰に生きる。
?⇒男であろうと女であろうと、自分の好きなことを
やっているときにいちばんパワーが出る。
?⇒略
?⇒私自身は、信仰に生きるタイプの人間ではない。
自分自身がいちばんエライと思ってるからね。
それはともかく、小さいときに社寺仏閣や
仏像を見せてくれたり、お経を教えてもらったのは
貴重な体験。禅や般若心経を興味本位で
かじってみたりするのは、原初体験をたどれば
このあたりに行きつく。
正月に亡くなったことが、最後で最大の教え。
これから正月には法事やらなんやらで、
毎年、死を想うことになるだろう。
「自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。
思考の落とし穴を回避できる」(ジョブズ)
「朝に道を開かば、夕べに死すとも可なり」(孔子)
「言いたいことがあれば、夕べに死ぬ前に言うべし」(おれ)