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018: 世界一ステキな学校×暗闇の時代

草子

うちにもオトコのコが一匹いるのでオトコのコの教育についてわりとシリアスに考えこむ。深刻じゃなくて真剣にね。
そしてひとつのヒントを得る。世界中のあらゆる地域、時代において、オトコのコの教育手法は「集団に放り込む」なのである。
じぶんは大変に変わった子どもであり、いろいろ各種問題を抱えていたお陰で一般的な問題からはむしろ遠ざかっていた、という自己認識をしているので、自分の経験というのはあまりやくに立たないのだ。教育、特にオトコのコの教育についてのかんがえは、有り物の材料でいちから組み立てなおしてみるしか手がない。
めったに読まない日経新聞を見ていたら(ホテルの無料サービス)、イギリスのブレア首相がご子息に対して「12歳から20歳?までの暗闇期間」という表現をしていてすごくオモシロイなと思った。他に何が書いてあったのか全く思い出せないのだけれども。
そうなのだ、世界中のどの時代でも、10歳から18歳ぐらいまでのオトコのコの頭の中はぐちゃぐちゃなのである。17歳を精神鑑定すると統合失調症と区別がつかないという話もむかし聞いた。たしかに「嵐のような」数年間であったと思う。
そういうオトコのコの「現実」に立脚し、「オトコだけの集団教育」というスタイルをとることは大変合理的な判断だと思われる。日本でいくと郷中教育のスタイルなんかをよくよく検討するといろんなヒントが出てくると予感する。大久保利通西郷隆盛も郷中教育のアウトプットであり、しかも彼らは同じ郷中の仲間であった。郷中教育は日本史をも書き換えるだけの実績を持っているのだ。そしてそういうスタイルをもたない人間たちが近代を創り上げたのがわれわれの悲劇的状況の(まちがいなく)根本原因のひとつである。
イギリスのパブリックスクールもそういうノリなんでしょって思う。日本の私立男子校はおおむね違うような気がする。そういう臭いを発しているところも一部あるのかなという感じ。
妻が「女の子はなんとかなるけど、男の子はわからん」と言っていて、それは女親であるという理由だけではなく、現代日本にはオトコのコを教育する手段が失われているのだと単純に思う。軍隊教育が待望されたり、あるいは韓国の友人と会話していて「やっぱり軍隊にいくのは良い」「日本男子は軍隊にいかないからよくない」という議論になるのもむべなるかななのである。日本の場合は、軍国教育の過去経験があるので、そこから「良い形で保存されていたはずのもの」と「良くない形で表現されてしまったもの」とより分ける作業が必要だというのが面倒くさいことである。内田樹さんの「武道的思考」を読んでいても、武道についても「良い形で保存されていたもの」と「良くない形で表現されてしまったもの」が入り交じっていて、戦後になって味噌もクソも捨てさってしまったのだなあという気がしてならなかった。カレーや肉じゃがなんてのは「運良く良い形で継承されたもの」だと思うんですけどね。
というようなことを「高橋源一郎さんの『世界一素敵な学校』」を読みながら思う。
今日の昼めしはカレーでも食うかな(それとも肉じゃが?)。
 

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