カレーのレシピ2011

じまんの絶品カレーをたべながら「再現性があれば脱サラして店できるで」と失礼なことを家人が曰うので、レシピを記録する。そんなもん再現できるに決まってるやないですか。ここしばらく同じ作りかたを淡々と繰り返してますねんから。これぞ「欲望を欲望するレヴィナス的な哲学カレー」だ!
 

  1. 玉ねぎを薄く薄くスライスする。家族5人で中4-5個。柳宗理のステンレスボウル(最大)に山盛り。玉ねぎは皮をむき、半分に切り、芯を三角に切った後は技の許す限り薄く薄く薄くスライス。ここは強調して強調しすぎることはない。ここでいかに薄く切れるかがこのカレーの勝負の半分ぐらいを制するので。少し切れは悪くなったけど、有次の包丁で、玉ねぎのすべての細胞を破壊するつもりで薄く薄く切る。
  2. 玉ねぎを切ったら、できるだけ空気にさらすため、他の材料の処理に入る。通常は肉の下処理。豚肉でも鶏肉でも良いんだけど(牛はそれほど好みじゃない)、手頃な大きさに切り、塩や胡椒やハーブをふりかけ(適当)、白ワインにつけこみ(ひたひたより少し少なめ)、ローリエを入れる。牛肉のときはニンニクも入れるかも、ワインも赤かな。ワインはひとびん500円ぐらいので良い。ブレンデッドワインは良いけど、やたらと甘みが強かったり旨みが強化されているのはお勧めできない。柳宗理のボウル(中)で漬け込み、肉の表面ににぴったりとかぶせるようにラップをする。
  3. さらに時間稼ぎのために人参の処理をする。ピーラーで皮をむき、一口大に切る。細いところと太いところにおおきくわけ、細いところは輪切り、太いところは半月切りがいまの標準パターン。形を残すので厚めに切る。
  4. だいたいこのあたりで玉ねぎを炒め始める。人参との処理が逆の時もあるかも。ビタクラフト鍋を熱々に熱し、いったん火を弱めて、オリーブオイルをたっぷり(カップ半分ぐらい)注ぎ、オイルを温める。オイルを必要以上に酸化させたくないので。オイルが温まれば、火を強火にし、玉ねぎを入れる。気分によっては、オリーブオイルをさらに玉ねぎの上から少し注ぐ。ここからはいわゆる「あめ色玉ねぎ」作成プロセス。ビタクラフト鍋はあまり焦げないので、あめ色にはなかなかならないが、気にせずにじっくりと炒める。目安は30分。じつはもうちょっと短いかも?とかく時間の許す限り、焦げ付かないように炒め続ける。ビタクラフト鍋のフタは使って玉ねぎを蒸し焼きにする。
  5. ビタクラフト鍋で蒸し焼きにし、水分を飛ばした「あめ色じゃないけどあめ色だと想像したい玉ねぎ」は、大きな(6L?)アルマイト鍋に移し、超弱火(わが家では左のコンロの再弱火)でキープする。平行してティファールでお湯を沸かす。
  6. 平行して、にんじんをフライパンで炒める。厚めのフライパンを極熱に熱し、火を弱めてオリーブオイルを少々、火を強めてにんじん投入。にんじんを揚げるつもりでカリカリにする勢いで、でも焦げては困るのであおりながら両面を揚げ焼きにする。にんじんの表面が透き通り、にんじんのほうに構えができたら、アルマイト鍋の玉ねぎに投入。ひと混ぜして、ティファールで沸かしておいたお湯を入れる。
  7. フライパンをざっと洗って火にかけ、極熱に熱し、火を弱めてオリーブオイルを少々、火を強めて今度はワイン漬けにしておいた肉を投入。言葉で表現しにくいが、ともかく焦げ付かせず、肉の表面を焼き固めることに集中する。火は通さず、強火で表面だけ焼き固める。焼き固め終わったと思ったら、ワインを1カップ注ぎ、蒸し焼きにする。ワインが落ち着いたら、野菜のスープストックを入れる。ほんとはスープストック、次にワインでも良いのだが、スープストックの解凍具合による。あ、けっこうここいい加減だな。ちなみにスープストックとは、くず野菜を鍋に山盛り入れて水から茹で、水が半分になるまで煮詰めて漉してつくる「ストック」なんですけど、それだけでひとつのレシピになるので省略。この野菜のスープストックは「魔法のエキス」で、西洋煮込み料理に入れると筆舌に尽くし難いうまさになります。手作り市でスープストックだけ売ろうかなと思うぐらい。(買う人いねえだろうなあ)
  8. 肉+ストック+ワインを、フライパンで蓋をしながら少し火を通す。どれくらいと言われると困りますが、心の眼で見て、肉の芯が赤くレアで残っているぐらいまで。完全に火を通してはおもしろくない。表面部分には、ワインとストックが染み込んでいてほしい、ぐらいのところまで。そうすると、まあちょっとあとでびっくりするぐらい肉がほろほろに溶けますから。
  9. 肉に火が通ったら、玉ねぎとにんじんが入っているアルマイト鍋に肉を入れる。ティファールでお湯を沸かしておいて、ひたひたまでお湯を注ぐ。決してお湯を多くしてはいけない。ひたひた、プラスアルファまで。ローリエクローブ、粒こしょう、にんにく(皮をむき芯をとり2つわりにしたぐらいのやつ)、マギーブイヨン、インスタントコーヒー手のひらで計って少々、太田胃散、とか思いつくスパイスはここで入れる。親の仇のように辛いカレーにしたいときにはここから辛くしていかないといけないが、子どもがいるので控える。
  10. きのこを炒める。いまは標準で3種(まいたけ、しめじ、エリンギ)。これは好みなので、ときにはマッシュルームを使ったりする。適当。種類と量は適当だが、処理は適当にしない。洗わずに不可食部分だけ取り除く。なるべく手で割いて、細長いきのこ群にする。エリンギはやむを得ず根元に包丁を入れてあとは手で割く。だいたい柳宗理のボウル(最大)に8分目ぐらい。フライパンを熱し、油をひかず、きのこを入れる。イメージは、バーベキューの網できのこを焼いている感じ。フライパンはあおらない。きのこはずっと同じ姿勢で焼かれ続けてる。下側に焦げ目がつき、少し水気がでてしなっとした感じになってから少しだけあおって上下を入れ替え、それ以外はずっと動かさずに焼かれ続けさせる。きのこの香りをじゅうぶんに引き出し、アルマイト鍋に投入。
  11. アルマイト鍋で、水加減はひたひたのままで、ともかく長時間弱火で火を通す。少なくとも1時間。長ければ長いほど良い。
  12. そろそろ許したろか、という気分になったら、カレールーを入れる。その前に、ティファールでお湯を沸かし、玉ねぎスープにお湯を足す。カレーをつくりたい分量になるまでお湯を足す。良質のカエシと同じで、お湯をどれだけ足しても美味しいので、仕上がり分量にあわせてお湯を足す。
  13. 玉ねぎスープ(沸騰していること)のコンロの火を消す。消した状態で、ルーを割り入れる。一気に入れず、2〜3回に分けて入れる。1回目の投入分は、どこかにかためて入れて、投入場所付近のスープで溶かす。2回目は、ちょっとカレーになりかけている箇所に固めてルーを投入し、そのあたりで溶かす。この手順でやっていると、アルマイト鍋の中は、カレールーが溶けているスープと、溶けていないスープの2大政党政治みたいになっている。あ、ルーの溶かしかたは、料理用の箸で右回転させて溶かすの。午前と午後で回転方法を変えたほうがいいんじゃないかとか考えながら、でも右回転で溶かす。ここまでは、ルーをスープに溶かすことがメインポイント。
  14. 3回目のルーの投入は、投入地点は今までと変えない。しかし混ぜ方を変える。ここまではまだ火を点けてない。右回転で溶かすのは同じなんだけど、ここから意識するのは、玉ねぎを崩すこと。ここまではまだ、玉ねぎが薄切りにされた形を保っていると思います。糸みたいになってるはずです。ここからは、玉ねぎの形を全くなくしていきます。右回転で混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて、玉ねぎをスープのなかに、ルーの中に溶かし込んでいきます。小さく小さく右回転、それから大きな右回転、また小さく小さく右回転、を続け、そろそろコンロの火を入れ(再弱火)、また小さく小さく右回転、大きく右回転、小さく右回転、ともかく玉ねぎの形をなくす。玉ねぎがスープに溶けこむと、感触が「ぷるんぷるん」に変わってきます。それはルーのとろみでもなく、インチキ料理本の「小麦粉を入れる」「片栗粉を入れる」ではなくて、玉ねぎが溶け込んだことによる、ぷるんぷるん。こればっかりは見てもらわなわからんかなあ。
  15. ぷるんぷるんのカレールーになれば、少し火を入れて、あとは蓋をして火を消し、寝かせに入ります。そのまま食べてもOK、しかし少し寝かせて落ち着かせてやると、味がかわるのは確か。このあたりは、時間的制約のなかでテキトーに。
  16. 炊きたてのつやつやゴハンにルーをかけて召し上がれ。

 
玉ねぎがポイントである。玉ねぎの細胞のなかにはナントカという成分が入っていて、それが空気に触れ酸化するとナントカという成分に変わり、これが大変に美味しい、美味しいということは身体に良いということなので、このナントカ(後者)を生むことに全力を尽くすのがこのカレーの主旨なんである。ナントカというのが2つとも思い出せないのがまったくもってわたしらしいが、それはグーグル先生に聞けばすぐに出てきますから、調べてください。
「おまえはいっとき、カレーはインド風が正しい」といって作っておったではないか、というふるい友人が複数いると思うのだけれども、もう十年近く完全に思想転換をしていて、欧州風につくります。ゴハン固め、ルーしゃぶしゃぶスタイルはやめて、ルーはとろり、ゴハンは普通に炊き上げて、がいまの標準スタイル。なぜかというと、カレーが日本にこれだけ普及したのは、インドへのあこがれではなく、「ヨーロッパがインドへ憧れている様に憧れたから」であるという結論に達したからですね。今はもうちょっと洒落た表現を手に入れていて、レヴィナス老師ふうに「欲望を欲望する」のがカレーの本質であるからですね。そんなわけで、欧州のシェフがインドへの憧憬を渾身の力で表現する、というイメージのがわたしのいまのカレースタイルです。欲望を欲望する、レヴィナス老師風の哲学的カレー、す。かっこいい。
このあたりのコンセプトは、よくよく思い返してみると、結婚した約12年前にできあがっていたのだなあ。思い出話として記録します。なぜ結婚した頃かというと、竹国先生が結婚式には来れなくて、かわりに四条のカフェでお茶をして、大皿を頂いたのですが、その時に話していたのが 1)日本人は米が主食ということの嘘 2)米が年貢として扱われた本当の理由 3)土地の記憶 4)なぜカレーは日本で爆発的に普及したのか といったことで、今思ってもなかなか貴重なアイディアを話しまくっていたということがよくわかります。そして先生の困った人をみる目付きを思い出します。肉じゃがのルーツ、なんてのもこのあたりに含まれてきますね。カフェで話したかどうか記憶にないけど。
カレーが日本で爆発的に普及した理由を、愚直に掘り下げ、丁寧に再現したら美味しくなるんだから、まあまあそう外れてないんじゃないスかというのが2011年のわたしの結論です。
 

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