入塾テスト#3

入塾テスト3校目。妻が同行予定でしたが体調不良のため急きょピンチヒッターで行ってきました。待ち時間は駅前のミスドで「茶の湯の歴史」(神津朝夫)を読んでいて、ミスドのトレイに敷いてある紙の裏にメモを書きながら読んでしまうぐらいの真剣読書でしたけれども、まあそれは別の機会にメモを書きますw。茶の湯のことしか頭にないお父さんを尻目に、息子は3つめの入塾テストに。ま、桂駅周辺の4つとも受けてみて、総合的に判断しようと思ってるので、ともかく全部受けるというのが今のところのミッション。5年生のゴールデンウィークを楽しんでから塾に行こうというのはきっと不逞の輩に属すると思うので、塾側の反応も微妙ですが、そんなことを気にしていてもしようがないのでサクっと無視して、入塾試験ツアー。今回は特進クラスの基準得点率77%のところ93%通過でした。でも「他の塾もひととおり試験受けてから考えます」と言って帰ってきましたが、たぶんここに行くことになると思う。
入塾テストの振り返りはぜんぜんしてもらえなかったので(リクエストもしなかったし)まあスルーするとして、いろいろ校長先生に話を聞いてきて、素人なりにいろいろわかったのでメモしておきます。中学受験なんて真剣に考えてなくて、ある日息子が「おれ中学受けるし」と宣言したのでやむをえずw対応している親なので、素人丸出しですがそれだけに良い分析ができるかも(嘘)。ビギナーズマインドBANZAI。話の都合上、洛北高校志望という文脈で話を聞いてきたのでそのあたりを中心に。
今日わかったことは、1)洛北が思っていたより私立受験に近いということ。2)洛北と西京のカラーの違いが出てきている様子であること。
1)について補足:まず公立は法律的問題があって「作文・製作」と呼んでいるが、実質上は算数国語理科社会である。出題傾向は、以前はもうちょっとゆるっとした感じであったが、近年(2010年度実施がピークであった)難しいあるいは私立に近い出題傾向に近付いている、私立と言っても同立ではなく、洛南洛星等の思考力を試される問題に近付いているとのこと。灘開成ラ・サールとの比較は聞かなかったのでわからない。過去問(2010年実施?)をひととおり見せてもらい、出題傾向をざっくり教えてもらったところ、確かに「中学受験向け」にチューニングされた問題であるように見えた。2004年以降だんだんと先鋭化している様子だが、今後どうなるかは読めないとのこと。
2)について補足。一例として国語については、洛北も西京も400字(小論文?)を出題していたが、西京は200字に減らした。洛北は400字では差がつかないので、400字+文意を理解できているか問う問題を追加してきているとのこと。400字から200字というのは出題意図が変わったとしか考えられない、つまり400字ではみんな書けないから試験にならないゆえに出題意図を変えてでも200字にせざるをえなかったものと推測される。400字で差がつかないというのは、合格者層はだれもが400字ぐらいは普通に書くから、そして書いた以上は良し悪しを判断できない(誤字脱字、原稿用紙使用上のミス、明確な論理破綻以外は減点のしようがない)から問題を追加したと想像される。ということは、西京の受験層と、洛北の受験層はそうとう違う、つまり地頭が良いか、私立受験を真剣に対策して来た子が集まってきていると考えるのが妥当であろう。という推測。
1)2)総合してなぜそういう傾向になっているのか。確たる回答は得られなかったが(当たり前だ)、基本的に洛北は東大京大への合格者数を実績として出したいという意図が強く働いているようにみえるということ。現場レベルでは抽選も廃止したいという意向が強いやのコメントであった。ちなみに、合格者数80名、受験者数約500名、上位47名は確定、上位48-94名から抽選で33名合格で合計80名合格、辞退が出るのはせいぜい3-4名とのこと(うろ覚えの数字なので信用なさらないで)。
 
過去問をざっとみての所感は右記の通り。結論的に言うと、一定レベルを超えると、中学受験では算数しか差がつかない。国語は前述のとおり、フリーライティングでは(採点側としては)差をつけるのが困難だし、読解力を試すといってもそんなに極端に難しい問題を出すわけにはいかず、大きな差をつけるのは難しいと思う。社会は正直わからない。マニアックすぎても受験生全滅(あるいは運がいいマニア点取れる)、普通に出題しては差がつかない。特定の政治傾向や思想傾向も表明できないということを考えると出題者としては非常に頭がいたいように思う。理科は面白い問題を作りやすいように見えたが、それでも一定の論理的思考力と表現力を示せれば、それ以上の差別化は難しいような気がした。算数は、受験の出題としては比較的やりやすく、ある程度本気で受験に備えているか、数学的思考力の芽生えがあるか、ぐらいはふるい落とせるような気がする。それに、洛北の先生の立場にたったとして、京大、東大への合格者数を確保したいと思ったときに、鍛えられるのは数学力である。京大なら、数学のトップ数名は他の教科の点数如何に関わらず合格させるという噂が絶えない。実際に大学受験にいたっても理科と社会は差がつかない(要するに誰でも満点近く取る)。国語は大差がつく。数学は実力に応じた差がつく。そういう事情を考えると、数学に特化していくというのは、大学受験のタクティクス上正しいやり方である。つまり、中高一貫校において、中学受験で、算数のセンスを問う、つまり、ほんまに分かっているかどうかはともかくとして、付いて来ている子から選ぶというのは、先生の立場としても合理的判断であるということだ。
ただし、洛北の先生は、洛北に就職したわけではなく公立高校に就職したので、人事異動で教師陣は変わるとのこと。また、出題者は、洛北の先生ではなく、京都(市?府?)の教育委員会であるとのこと。教育委員会のどういう誰が出題しているのかはわからなかったが、出た問題が、他の全国の私学の過去問との類似が甚だしいため、妥当な推測としては、教育委員会からそれなりに素養のある(例えば数学の素養のある)人にアウトソースし、アウトソースされた人は教育委員会の要件を理解しつつ、全国私学の問題を分析し出題していると考えるのが妥当であろう。だって、全くオリジナルな問題を出してしまっては、それが選考になるかどうか判断できないですから。簡単すぎる、あるいは難しすぎる問題を出しても、出題者としては意味がない。かといって、自分が作った問題を解かせてみる実験がほとんど出来ないであろうから、過去問を参考にして調整するしかないだろう、というのが推測の根拠。センター入試とかなら、大学の先生を一定期間確保して秘密裏に作題すると聞いたが、京都市や府の単位でやるとすればけっこう、出題者側も苦労が耐えないであろうと推測する。
 
そういった事情(ほとんど推測だが)を考慮したときに、家庭としてのスタンスは2つと考えた。1)万が一合格しなかったときに「オレはこんなはずではなかった」と考え続けるかもしれない中学生活のリスクをどうヘッジするか。2)合格したときのリスクをどうヘッジするか。1)はあまり多くを語れないが、今の第一観では、私立に行かせたくなるんだろうけれども、洛南は「ん〜」、洛星も「ん〜」。洛星は男子校だしなあの「ん〜」で、洛南は、ここでカミングアウトしても良いのかな、知っている限り、洛南出身者でインタレスティングなピープルがいないんですよね。たぶん受験対策、現役合格対策をやり過ぎてるとおもう。ちなみに開成や甲陽についても同じ感想。灘はサンプルが皆無で判断不能。というわけで今の時点では解決策なし。 2)については右記。仮に洛北に行くことになったとすれば家計は助かるwのは別として、どういう状況かというと、算数の成績が良い、場合によっては灘開成を蹴ってやってきた算数のミニ天才の集団が、大学受験に向けて数学を鍛えるというきわめて先鋭化した状況におかれることが想定される。家庭環境は必ずしもスノッブではないだろう。算数ミニ天才の集団であることが、合格者の傾向、および大学受験に向けての準備に向けて先鋭化される可能性が高い。とくに、2004年から中高一貫校のモデルケースが始まり、今年は第1号の大学合格者を出し、その傾向分析と反省を受けて新たなアプローチが始まる時期である。ここからは想像というかほとんどフィクションであるけれども、おそらく期待したほどの成果は出せなかったはずである。世間が期待したぐらいの成果ではあったはずだが、当事者たちが満足しているとは思えないし、あるいは当事者が満足しているとするならば、当事者として不合格である。つまり、もっと先鋭化させる方向に向くのが10年目以降の宿命である。だとすれば、洛北の歴史的環境、受験傾向からいって、数学および物理に特化することは必然であり、物理が大学受験においては武器にならない以上(繰り返すが合格するもののうちかなり多数の人間が満点もしくは少し間違える程度である。京大であれ、東大であれ)、数学において先鋭化せざるを得ない。
もしもそうであるならば、数学能力を伸ばしていくことに先鋭化していく集団に6年間浸かることへのリスクヘッジをはじめることが、家庭の責務であろうと思うのである。勝手に合格したことにしてしまっているが、まあいいじゃないですか。受験勉強は塾に任せる。が第一基本スタンス。それに対して親がアレコレ言い始めると子どもが迷うので百害あって一利なし。受験勉強は塾に任せる。しかし、その先にはリスクがあることを承知で、厚みを持たせることが家庭の役割であると認識する。
厚みという概念を、囲碁以外の言葉で表現する方法を持たないのであるけれども、つまり、目先の利益を得るために時間を使うのか、長期的な利益を得るために時間を使うのか、時間は有限である以上どちらかを選びなさい、という囲碁の教えである。目先の利益を優先すれば(地に辛ければ)将来の利益を失うし、厚みを優先すれば利益は確定しない。つまり目先でも損するかもしれないし将来もミスをすれば損をするかもしれない。将来にうまく立ち振る舞うことを期待し、将来に投資するのが厚みであると、ざっくりいってもいいだろうと思う。で、要するに、中学受験でも、中高一貫校でも、地に辛すぎるから、厚みを持たせるのが家庭の役割であろうということ。具体的方法論は思いつかないので、あとはもう、「字の本を読め」と言い続けることと、コンスタントに図書館に連れて行くこと(ただしなにを選ぶかは本人に完全に任せる)、を続けることなのかなあと今の時点では思う。
 
そんな話を妻としていて、妻の感想は「今日のわたしの体調不良は、おとーさんが入塾テストと説明を聞いてくるためやったんかなあ」であった。こっちも、現場に行ったらいろいろ考えること、思うことがあるだろうから、半ば敢えて外していたのであったけれども、今日は突発的に仕方のないことであった。30分ぐらい話をきいて、斯くの如くいろいろ考え、また今後の行動を決める気になったのだから、行って良かったと今は思う(そりゃあ、午後になって眠くなるはずだ)。それから「できる子のための(主に高校生以降の)勉強法」というメモを今のうちに書いておこう、と思った。構想だけは立派なんだけどな。
 
補足:一晩寝てから追加で考えたこと。(趣旨は思考(おもいつき)のプロセスを残すことゆえ追記に)
洛北が大学受験とくに数学に先鋭化するかも、と書いたけれども、もしかしたら数学の出来る子をとって放牧、というのもあり得ると思った。そのほうがこちらとしては面白いんだけどな。
 
尚、洛北志望というのはあくまでも親の当初仮説。どんな高校があるのか実はほとんど知らないし(両方とも関西で中学受験をしたことないから)、メリットデメリットも知らないし、最近の学校内トレンドも知らない。最近のトレンドというのは、明らかに少子化が止まらない時代に、どのように学校経営を考えているのかということ。各校とも方針を先鋭化しなければ生き残ることはできないであろう。他と一緒、ではもはや生き残れないはず。そうなったときに何を選択しているのか、ということ。ここが、受ける側にとってもポイントになるはずだが、本音を聞くには工夫がいるだろうなあ。それに本人の志望ももっとあいまい。押し付けても弱くなるし、選ばなくても弱くなる。バランスが必要やなあ。塾の先生に話を聞くにあたっても、洛北ということにせな話が進まないから絞っただけ。まあそのほうが向こうも話しやすいし、こっちも初回インタビューwとしてはざっくりと全体像(に近いもの)を得られたのはよかった。
 

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