お父さんの嫌いなエコ

エコは嫌いだと言い続けていたら、大したもので、子どもたちも「エコって、あのお父さんが嫌いなやつやろ?」と、すっかり「お父さんの嫌いな」がエコの枕詞みたいになって大変に光栄。
「母」の枕詞は「垂乳根の」、「父」の枕詞は「エコの嫌いな」。
って名誉なんだかそうじゃないんだか。
 
最近は、アンチエコな感じの言説も(ようやく)増えてきて、そういう情報もインプットしてくれるありがたい家族のみなさん。たけしの番組で、そうゆうかんじの内容をやっていたとかいないとか。
正直、そこまで強い関心も無いというか。
 
でもなんかいいキッカケっぽいので、ツラツラ考えていたことをまとめてメモしておく。

  • エコは、ベルリンの壁崩壊後の世界に残された最後のファンタジー
    • アメリカは、中東に首根っこつかまれたくないということ
    • ヨーロッパは、自然破壊に後ろめたい記憶をもっている
    • エコとはけっきょくのところ、原子力を推進するということ

 
でもね、嫌い嫌い嫌いと言い続けていたら、割と嫌いでもなくなってきて、まあそういうファンタジーも愉しめば良いんじゃないの、という気にはなってくるもので。エコのイカサマ具合を声を大にして主張するほどの正義感も使命感もないし。
嫌い嫌いと言うほど嫌いではないんだよな。少なくとも、バブルで浮かれていた頃よりは、今みたいにエコだ不景気だと言って縮こまってるぐらいのほうが好きだ。
 
エコの次に嫌いなのは、戦争について考えることだな。
なぜ戦争に至ったのか、その根本原因は何で、本質的な問題は解決されているのか?という問いから相当遠いところにいるのが、嫌いだ。そういうことについて平気でいられることが、嫌いだ。
 
エコでも戦争でも、お父さんが好きでも嫌いでも、まあ正直言ってどっちだって良いんだけれども、
子どもたちには、「ちょっと立ち止まって自分の頭で考える」「健全な懐疑心を持つ」「自分なりの所見を持つ」ということが伝えられるといいな、と思う。
 

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